ロレックス ここ数十年で最も重要な新作モデルかもしれない。Cal.7135を搭載。

エイプリルフールではない。ロレックス ランドドゥエラーが本当に登場したのだ。近年のロレックスにおける最も意義深いリリースのひとつと言えるかもしれない。スイス屈指のブランドが誇る製造技術と工業的な専門性を明確に示すこのモデルは、ヴィンテージデザインの要素を取り入れながらも、最大の特徴はダイナパルス エスケープメントにある。この脱進機は、ロレックスが独自に開発・特許を取得し、工業的に最適化したダイレクトインパルス型の脱進機であり、デュアル・シリコンホイールを採用。搭載されるCal.7135は、ロレックスとしては初となる機械式高振動ムーブメントである。ケースは新設計のスティール製で、1970年代のRef.1530やオイスタークォーツモデルを想起させるが、デイトジャストと比べて20%も薄型だ。このモデルによりロレックスは、一体型ブレスレットを備えたスポーツウォッチの分野へと再び本格的に参入し、数々の技術的“初”を実現したムーブメントによって、高精度を追求する歩みをさらに前進させたのである。

ロレックスが特許を出願したり商標登録を申請したりするたびに、ネットの一角はざわつき始める。2023年7月28日、ランドドゥエラー(そしてコーストドゥエラー)という名称がロレックスUSAによって商標登録された。その直後、時計好きたちがSNSでこの情報を拡散。投稿にリール、ショート動画、TikTokなど、あらゆる形で話題が広がり、絵文字も飛び交った。だが数日もすれば熱は冷め、話は自然と立ち消えに。そして今日、ロレックスはあの2023年夏の静かな商標登録をついに現実のものとしたのである。

ヴィンテージロレックスに目がない人なら、このケース形状と一体型ブレスレットにはきっと見覚えがあるはずだ。通称オイスタークォーツデザインと呼ばれるこのスタイルは、1975年に登場した機械式デイトジャスト、Ref.1530で初めて採用された。まさに今から50年前のことだ。その後、1977年にオイスタークォーツの後継モデルとしてRef.17000(デイトジャスト)と19018(デイデイト)が登場し、このデザインが広く知られるようになった。それゆえ“オイスタークォーツ”の名が定着したというわけだ。

ロレックス デイトジャスト Ref.1530(1975年)

ロレックス デイトジャスト オイスタークォーツ Ref.17013(1977年)

2025年の新作ランドドゥエラーは、誕生から50年を迎えたRef.1530のケースデザインを、わずかにプロポーションを調整しながら復活させたモデルである。ケース径は36mmまたは40mm、厚さは9.7mmで、スタンダードなデイトジャスト41と比べて2.3mmも薄型となっている。 多くのヴィンテージモデルに見られる特徴的な5列のフラットジュビリーブレスレットも、ランドドゥエラーのためにアップデートされた。なかでも注目すべきは、クラウンクラスプの採用だ。これはロレックスが隠しクラスプと呼ぶ仕様で、王冠型の引き手が特徴となっており、2018年以降のデイトジャスト36および41 ジュビリーブレスレットでは採用されていないディテールである。 ケース素材のバリエーションとしては、ホワイトゴールドのフルーテッドベゼルを備えたスティールモデル、バゲットダイヤ付きまたはなしのエバーローズゴールドモデル、そして同じくバゲットダイヤの有無を選べるプラチナモデルがラインナップされている。

ダイヤルに目を向けると、ランドドゥエラーは既存のロレックス各モデルの要素を組み合わせたデザインとなっており、全体としてはデイトジャストを思わせる雰囲気を持っている。ただし、そこに新たなハニカムモチーフの装飾が施されており、エクスプローラーコレクションを彷彿とさせるアプライドの方位インデックスも採用。また、日付を拡大表示するサイクロップレンズもクリスタル上に備えられている。

裏蓋にはシースルーバックが採用されている。その理由は、これから明らかになる。

ロレックス ダイナパルス エスケープメント
ランドドゥエラーには、ロレックスが新たに開発し特許を取得したダイレクトインパルス型の脱進機が搭載されており、これをダイナパルス エスケープメントと名付けている。この脱進機のアイデア自体は18世紀中頃から後半、ピエール・ル・ロワやジョン・アーノルド、トーマス・アーンショウといった時計師たちによって生まれたもので、その後も数多くの名匠たちの手で改良が重ねられてきた。そして今、ロレックスはこの何世紀にもわたる歴史を持ち、理論的には優れているとされる脱進機構に独自のアプローチを加え、現代的な解釈として完成させたのである。

スイスレバー脱進機

実際のところ、現在の時計においてはレバー脱進機が主流である。機械式時計を持っているなら、その多くがこのレバー方式を採用していると考えて間違いない。セイコー5から、これまでに作られたすべてのロレックスに至るまで例外ではない。ロレックスは2015年に、独自開発のレバー脱進機であるクロナジー エスケープメントを発表している。クロナジーのように幾何学的に最適化された設計であっても、レバー脱進機には構造上避けられない弱点がいくつか存在する。なかでも最大の問題は、レバーが本質的に持つ摩擦であり、それゆえに潤滑が必要になる点だ。実際にレバー脱進機の動作を観察すると、ガンギ車の歯とルビー製のパレットとのあいだに摩擦が生じているのが一目瞭然である。歯が石の上を擦っているのだ。2万8800振動/時(4Hz)の時計では、この接触が1秒間に8回、年間で2億5228万8000回も発生する。この摩擦を抑えるためにオイルが使われており、だからこそ数年ごとにオーバーホールが必要になるのである。

ロレックス クロナジー エスケープメント

ダイレクトインパルス エスケープメントには、こうした“擦れる”動きが一切ない。というのも、動力、つまりインパルスが、名前のとおりガンギ車からテンプへ直接伝達されるからである。この構造により、オーバーホールの間隔が長くなるだけでなく、レバー脱進機と比べて効率が高く、経時的にも安定した歩度が得られる。つまり、より高精度な時計を実現できるというわけだ。 なお、ナチュラル脱進機、デテント(またはクロノメーター)脱進機、コーアクシャル脱進機などは、いずれもダイレクトインパルス型の脱進機に分類される。

では、もしこのタイプの脱進機が技術的に優れているのであれば、なぜすべての時計に使われていないのか? その答えはシンプルで、完璧なものは存在しないということ。時計づくりにおいても、それは例外ではなく、ダイレクトインパルス エスケープメントも決して万能ではない。この脱進機が腕時計に採用されにくい最大の理由は、耐衝撃性の低さにある。レバー脱進機におけるレバー=パレットフォークのような構造に依存しないため、ガンギ車がアンロック(脱調)しやすいという欠点があるのだ。アンロックとは、外部からの衝撃などでガンギ車が本来のタイミングからズレてしまう状態のこと。レバー脱進機の場合、ガンギ車は常にパレットフォークと噛み合っており、完全に自由になる瞬間がない。一方、ダイレクトインパルス エスケープメントでは、サイクル中のごくわずかなあいだだけガンギ車が“フリー”の状態になる。この瞬間に衝撃が加われば…はい、アウト。時計は故障するというわけだ。

オメガ コーアクシャル 脱進機(1999年)

こうしたダイレクトインパルス エスケープメントが技術的課題を克服してきた例も、過去には存在する。ただしその多くは、最初は極めて小規模かつ手作業による製造で実現され、その後に量産体制向けに改良されてきた。この代表的な例が、ジョージ・ダニエルズが発明し、オメガが広めたコーアクシャル エスケープメントである。ダニエルズはこの機構を1974年に特許取得し、その後25年以上にわたって完成度を高め、1999年にオメガが量産化。その際に使われたのが、ETA 2892をベースに改良されたCal.2500だった。ダニエルズ版(現在もロジャー・スミスが使用)はふたつのガンギ車を備える設計だが、オメガは量産化に向けて設計を変更し、ひとつのガンギ車で構成される方式に仕立てた。コーアクシャル エスケープメントは、レバー脱進機とデテント脱進機の長所を融合させた構造ともいえ、ダイレクトインパルス型脱進機の成功例として広く知られている。

ユリス・ナルダン フリーク(2001年) ダイレクトインパルス エスケープメント搭載

ユリス・ナルダンが2001年に発表したフリークは、もっとも現代的なダイレクトインパルス エスケープメントを搭載したモデルとして知られている。同一平面上に並列配置されたふたつのシリコン製ガンギ車を用いた構造は、今回ロレックスが採用したものと非常に近いアーキテクチャを持っている。 このフリークによって、時計業界はロレックスのダイナパルス エスケープメントに通じる方向性へと一歩踏み出すことになったが、ひとつ注目すべき点がある。それは、このダイレクトインパルス型のフリークはこれまでに数千本しか生産されておらず、近年ではユリス・ナルダンもこの特定の脱進機から距離を置きつつあるということだ。

現代におけるもうひとつの脱進機の進化として挙げられるのが、ジラール・ペルゴのコンスタント エスケープメントである。2013年に発表されたこの機構は、中間機構であるシリコン製のブレードによって実現された真のコンスタントフォース機構である。興味深いのは、この発想の原点がロレックスにあったという点だ。1997年、当時ロレックスに在籍していたニコラ・デオンが、フレキシブルなブレードでテンプに一定のエネルギーを供給するアイデアを追求していたのである。このプロジェクトは社内で“Project E.L.F.”というコードネームで呼ばれていた。2002年にデオンはジラール・ペルゴへと移籍し、そこでこのコンセプトがついに実現されることとなった。つまり、ロレックスは1990年代後半の時点で、すでにシリコン素材を用いた先進的な実験を行っていた可能性があるのだ。

ジラール・ペルゴ コンスタント エスケープメント(2013年)

卓越した自社一貫製造体制、そして他に類を見ない研究開発予算を誇るロレックスは、ダイレクトインパルス エスケープメントの課題をまったく異なるアプローチで解決したように見える。しかも、いきなり工業的な量産レベルでそれを成し遂げたのである。

コーアクシャルのように、これまでの多くのダイレクトインパルス エスケープメントの試みがデテント脱進機から着想を得てきたのに対し、ロレックスは自社のシリコン部品製造技術と長年の研究成果を結集し、ナチュラル エスケープメントを進化させるかたちで、まったく新しい脱進機構を生み出した。複雑なパレットフォーク機構に頼るのではなく、ふたつの平面上に配置されたガンギ車が、正確に噛み合いながら効率よくロックするという構造を、数式レベルで完成させたのだ。ロレックスはその精緻な理論と製造力によって、脱進機の設計に新たな地平を切り拓いたのである。

ロレックス ダイナパルス エスケープメント(2025年))

ロレックスは、DRIE(深反応性イオンエッチング)技術を用いてガンギ車をシリコンで製造することで、量産においても常に最適かつ同一形状を実現している。大きめのロック用の歯はレバーと噛み合い、それ以外の標準的な形状の歯は常にふたつのガンギ車同士を噛み合わせておくために使われる。 この噛み合わせによって、ガンギ車同士が互いにロックし合い、衝撃に対する耐性が生まれる。しかも、すべての歯がまったく同じ形状であることから、製造面でも大きな利点がある。 このようにして実現されたロレックスのダイナパルス エスケープメントは、予想をはるかに超える耐久性と工業的スケーラビリティ、そしてコンパクトなサイズを兼ね備えている。 搭載される新キャリバー7135は、まさに機械工学の結晶ともいえる存在だ。新たなダイレクトインパルス エスケープメントを、初めから工業レベルで量産化する。そんな芸当ができるのは、ロレックス以外にない。

ダイナパルス エスケープメントは、1789年にアブラアン-ルイ・ブレゲが発明したナチュラル エスケープメントに着想を得ているものの、技術的にはまったく異なる構造である。 見た目こそナチュラル エスケープメントに似ているが、ロレックスのふたつのガンギ車は機能面で非対称に設計されている。ふたつのうち一方だけが、テンプの半振動ごとに直接インパルス(動力)を与え、もう一方は同期を維持するために追従するだけで、毎振動でテンプと直接かかわることはない。 一方、ナチュラル エスケープメントでは、両方のガンギ車が交互にテンプに直接インパルスを与える。つまりダイナパルス エスケープメントは、ブレゲの原理を踏まえつつ、ロレックスが独自に再構築した新たな脱進機構なのである。

ガンギ車にシリコンを採用した意義は、いくら強調してもしすぎることはない。 ロレックスのクロナジーシステムでは、レバーとガンギ車の両方がニッケル・リン合金製であり、これはオメガがコーアクシャル脱進機においてガンギ車やパレットフォークに使用している素材と同じである。 一方、ダイナパルス エスケープメントでは、ロレックスはガンギ車だけでなく、可動式のロック機構も含めて全面的にシリコンを採用している。 ロレックスが使用するシリコン素材は自己潤滑性、耐磁性、耐熱性、硬度、軽量性、そして耐衝撃性に優れており、まさに脱進機に理想的な特性をすべて備えているのだ。

ロレックス シロキシ・ヘアスプリング(2014年)

この素材はすでに2014年に登場したシロキシ・ヒゲゼンマイで知られており、もちろん今回のランドドゥエラーにも採用されている。シロキシはもともと、ロレックスの小径モデルから導入が始まり、近年では一部のデイトジャストやオイスターパーペチュアル、さらにヨットマスター37やパーペチュアル 1908などにも搭載されるようになってきた。いかにもロレックスらしい慎重な展開だが、2023年に発表された1908への採用は、ロレックスがシリコン素材に対してより積極的になってきた兆候であり、今回のランドドゥエラーにつながる布石だったとも言える。とはいえ、まったく新しい脱進機構が登場するとは、誰も予想していなかった。

2023年にパーペチュアル 1908に初めて搭載されたCal.7140は、本日発表されたランドドゥエラー以前のロレックスにおいて、もっとも高精度なムーブメントのひとつであり、比較対象として非常に有効な存在である。 1908のCal.7140とランドドゥエラーのCal.7135は、見た目の構造や仕上げこそ似ているが、この2年のあいだに技術的な飛躍があったことは明白だ。 Cal.7140は、まずCOSCによって未ケース状態で-4/+6秒/日の基準をクリアし、さらにロレックスの社内基準に基づいて完成品の状態で-2/+2秒/日を達成しており、高精度クロノメーター認定を受けている。ランドドゥエラーも同様に、この認定を受けている。 Cal.7140は、クロナジー エスケープメント、シロキシ・ヒゲゼンマイ、パラフレックス耐震装置という3つの最新技術を初めてすべて組み合わせたムーブメントである。 対するランドドゥエラーのCal.7135は、シロキシ、パラフレックスに加え、ロレックス初の自社開発による脱進機ダイナパルス エスケープメントを搭載している点で大きく異なる。 Cal.7140の振動数は4Hz(2万8800振動/時)だが、ランドドゥエラーはロレックス初となる機械式の高振動キャリバーであり、3万6000振動/時(5Hz)で動作する。 なぜ3万6000振動/時なのか? 理由なんて必要ない。やるべきことだからやった。それがロレックスなのだ。