ブライトリングの名作パイロットウォッチに、32mmと36mmの2サイズが用意された。

ブライトリングはこのたび、新たに36mm径(自動巻き)と32mm径(クォーツ)のより小ぶりなサイズのナビタイマーを発表した。そして、あえて言うならレディース向けのラインナップが充実している。もちろん、メンズにだっておすすめだ……、これは余計なコメントのような気もするが、時計界の平等とこの直径に対する肯定的なムーブメントのためにも言及しておく必要があると思った。

32mm径と36mm径からなる、新しいブライトリング ナビタイマーのほんの一角。

36mm径の新作ナビタイマーは時間表示のみとなっており、バーインデックスを備えた3色のメタリックダイヤル(ミントグリーン、シルバー、アンスラサイト)、またはラウンドカットのラボグロウン“ベター・ダイヤモンド”をセットしたホワイトのマザー・オブ・パールダイヤルが用意されている。

新しい自動巻きのSS製ナビタイマー 36を、ミントグリーンとグレー(アンスラサイト)の両方で試す機会を得た。どちらもクラシックなビーズベゼルと回転計算尺が特徴的だが、クロノグラフは搭載されていない! つまりこの新作は、あなたがどちらの派閥かによって、洗練されたグリーンか、あるいはメタリックさを打ち出したグレーかに分かれることになる。

オリジナルのナビタイマーは50年代初頭にウィリー・ブライトリング(Willy Breitling)氏によって考案され、 パイロットたちがアナログ計算機として使用していた。彼はこれをナビゲーションタイマーと呼んでいたが、やがて現在のような愛称に変わっていく。ケース径は41mmと当時としては大型で、飛行中にダイヤルに表示されるすべての情報が読みとれるよう、十分な大きさに設定されていた。ナビタイマーはベゼルに回転計算尺を備えており、クロノグラフと併用することでコックピット内で素早く計算ができるようになっていた。そのため、これらの新モデルでクロノグラフが失われたことで、ナビタイマー本来の機能が発揮される余地はほぼゼロとなった。しかし、私は機能性よりルックスを第一に考えているので、これが冒涜的かどうかは皆の判断に委ねたいと思う。

新しいナビタイマー 36は、COSC認定を受けたブライトリング製キャリバー17を搭載し、3本の針と自動巻き機構を備えている。そして、ブレスレットとストラップの両方が用意されている。

2020年、ブライトリングはナビタイマー オートマティック 35を発表した。以前カーラがこのモデルのレビューで「ブライトリングはこれまでも、そしてこれからもコンシューマーにフォーカスしたメーカーである」と説明したように彼らの使命は明らかで、現在の市場トレンドに沿って既存のアイデアを発展させ、それをできるだけ多くの消費者にフィットさせることである。この時計は女性向けに作られているが、男性の時計愛好家による小さなサイズに対する新たな需要にも合致している。

批判的に聞こえるのが怖いので“萎縮させるような”表現をするのはためらわれるが、ここではあえて断言しよう。確かにデザインは考慮され、バランスが取れている。しかし、時計業界に身を置く女性として、このようなことに対して批判的であることが私の仕事である。(手首が細い私たちにとって)着用しやすいサイズで作られたものはありがたいが、マザー・オブ・パールやダイヤモンドのインデックスにはうんざりする。

Breitling Navitimer 36
しかし、この新しいラインナップは誰でも何かしら合うものがあるから大丈夫だ。私は36mm径で、ダイヤモンドがまったく使われていないミントまたはグレーのダイヤルをチョイスした。デモクラティック(大衆的)なアプローチとはすべての人のために何かを作ることだと思うし、ブライトリングが今回行ったのはまさにそれだ。バラエティに富んだ提案には脱帽だ。驚くべきことに、女性ごとに好きなものは違っているようなのだから。

クロノグラフが省略されたことについてはあまり深く考えないようにしているが(ブライトリングが36mm径でクロノを作れることは知っている)、既存の製品の長所を縮小によって変えてしまったのか、それともまったく新しい製品を作ったのかには疑問が生じている。

基本情報
ブランド: ブライトリング(Breitling)
モデル名: ナビタイマー
型番: A17327361L1A1、A17327361L1P1、A17327211G1A1、A17327211G1P1、A17327381B1A1、A17327381B1P1

直径: 36mm
厚さ: 11.42mm
ケース素材: ステンレススティール
文字盤色: ミントグリーン、シルバー、アンスラサイト
インデックス: アプライド
夜光: あり
防水性能: 30 meters
ストラップ/ブレスレット: フォールディングクラスプ付きSS製7連ブレスレット、またはフォールディングバックル付きグリーン、ボルドー、アンスラサイトカラーのアリゲーターストラップ(18/16mm幅)

ムーブメント情報
キャリバー: ブライトリングキャリバー17
機能: 時・分・秒表示
直径: 25.6mm
厚さ: 4.6mm
パワーリザーブ: 38時間
巻き上げ方式: 自動巻き
巻き上げ方式: 2万8800振動/時
石数: 25

価格 & 発売時期
SSケースとレザーブレスモデルが63万2500円、フルSSモデルが66万5500円、コンビケースとレザーブレスモデルが88万5500円、コンビケースとコンビメタルブレスモデルが121万円、ゴールドケースとレザーブレスモデルが162万8000円、フルゴールドモデルが415万8000円(すべて税込)

ミリタリーウォッチの分野で知られる時計が、この秋新たな“冒険”へと旅立つ。

スイスの本格時計に少しでも憧れたことがあるなら、ハミルトンのカーキ フィールドコレクションを一度は目にしたことがあるだろう。特に、アイコン的存在であるカーキ フィールド メカはミリタリーウォッチを語るうえでは欠かせない名機であり、幾度かのアップデートを経てアメリカの軍用時計の歴史を今に伝え続けている。視認性に特化したシンプルなインデックスや飾りっ気のないケース形状は、第二次世界大戦時に短期間で大量生産を行うための意匠であったり、今では当たり前の秒針停止機能も作戦開始前に“ハック!”の掛け声で時計を動かして足並みを揃えるために搭載された歴史があったりと、1本の時計に秘められたバックボーンを挙げると枚挙にいとまがない。

 そんなカーキ フィールド メカ以外にも、カーキ フィールドコレクションに属する時計には(キングやオートクロノなど)軍モノテイストが強いモデルが揃っている。それゆえに、僕らは同シリーズを語るときはミリタリーウォッチという文脈を前提に話を始めるのだが……、この秋、カーキ フィールドの新作でその認識を改める必要が生じた。それが、9月22日(金)に発売されたカーキ フィールド エクスペディションである。

 カーキ フィールド エクスペディションは37mm径と41mm径の2サイズ展開で、それぞれにブラック、ホワイト、ブルーダイヤルにレザーストラップを組み合わせたものと、ブラックのブレスレットバージョンの4モデルが用意されている。“Expedition=遠征、調査”の名前からわかるかもしれないが、今回のテーマはアウトドアであり、探検である。戦場から雪山、砂漠、未開のジャングルへと、文字通りフィールドを変えた形だ。

 先日、ハミルトン・インターナショナルCEOであるヴィヴィアン・シュタウファー氏に今回の新作ついて直接話を伺う機会があった。「カーキ フィールドコレクションは、ミリタリーウォッチとしての強いDNAとスピリットを持っています。しかし、今回はトレンドであるアウトドアやアドベンチャーの空気を落とし込み、エッセンスは残しながらもミリタリーの世界から離れた新しい時計を作りたかったんです」。なるほど、確かに夜光塗料を塗布した時分針や、同じく夜光塗料による大ぶりなアラビアインデックスには同シリーズらしい視認性向上へのアプローチが感じられるように思う。しかし、主張のあるコンパスデザインの両回転ベゼルにより、その顔立ちは一気にアウトドアテイストへと振れている。

 ベゼルにコンパス機能を備えた時計は数こそ多くないものの、各社からリリースされている。例を挙げるならば、セイコー プロスペックス(SRPD31など)やシチズン プロマスターのエコ・ドライブ アルティクロン、タイメックスのエクスペディション ノースシリーズなどだろうか。これらはいずれも過酷な自然環境下で活躍することを前提としたプロユースウォッチで、その顔立ちを見れば僕らはすぐに「ああ、これは探検用の時計なんだな」と理解できる。カーキ フィールド エクスペディションも、サテン仕上げの分厚いコンパスベゼルを備えたことで、アウトドアを意識した時計であることを強くアピールしているように思う。

 念の為に言っておくと、コンパスベゼルは決して飾りではない。スマートフォンの電波も届かないような山奥や僻地で、きちんと活躍してくれる。アナログウォッチを愛用するアウトドアマンにとっては耳にタコができるほど聞いた話かもしれないが、その使い方を一応解説しておきたい。

 まずは、太陽を確認する。そして、時針を太陽の方角に合わせる(より正確に方角を知りたいなら、ペンなど細いものの影に合わせるようにするといい)。そのとき、時針と12時のインデックスのちょうど中間が南ということになる。あとはベゼルを回転させて“S”を南に合わせれば、方位がわかるという寸法だ。普通に生活するうえで必要のない機能と言われればそれまでだが、ナビタイマーの回転計算尺や、第3時間帯を示すGMTウォッチの24時間表示ベゼル、パルスメーターにロマンを感じるなら、きっとその価値を理解できるはずだ。

 ちなみに、ミニマルさと視認性という点でカーキ フィールドらしさは匂わせつつも、今作においてベースとなったアーカイブは存在しないとヴィヴィアン氏は言う。「復刻などヒストリカルなトレンドがあることも理解していますが、カーキ フィールド エクスペディションは現代のニーズとモダンなインスピレーションによってイチからデザインした時計です。カスタマーの声を受け、ラグシェイプはつけやすいよう短めに変更。さまざまな要望に応えられるようにサイズも、スポーツウォッチらしく視認性も高い41mm径と、グッと小ぶりな37mm径を用意しました。また、今作は80時間のパワーリザーブを持つ自動巻き Cal.H-10を搭載しています。ミリタリーウォッチが手巻き、というのは当たり前すぎて、これまでとは異なるものを作りたかったのです」

 2サイズを並べてみれば、サイズの差は歴然だ。両サイズともラグ幅が20mmとなっていることもあり、37mm径のケースがより小ぶりに見える。ちなみに、ラグ幅はカーキ フィールド メカをはじめとした多くのカーキ フィールドコレクションと同じだ。すでにほかのカーキ フィールドを所有しているなら、きっとストラップの付け替えも楽しめると思う。ここは個人的にポイントが高いと思った。

 ケースにはほかのカーキ フィールドコレクション同様、特に面取りなどは施されていない。ベゼルも含めた全面サテン仕上げには、ツールウォッチとしてのインダストリアル感が漂う。厚さは37mm径モデルが10.45mmで、41mm径モデルが11.5mmと、回転ベゼルを備えた自動巻き時計としてはやや控えめでコンパクトだ。ラグトゥラグも37mm径モデルが44.5mmで、41mm径モデルが48mmとなっており、その寸法も寄与してか手首への収まりもいい(実際の着用イメージは以下の写真を参照して欲しい)。個人的には、せっかく互換性が高いラグ幅なのだからクイックチェンジ機能を搭載してくれていればさらによかったとは思う。

 裏蓋はカーキ フィールド メカとは異なり、スケルトンバックとなっている。ムーブメントが動く様子を見たい機械式時計初心者にも刺さる仕様は、新たなフィールドに挑戦するモデルとして合理的なチョイスだと思う。既存モデルとの明確な違いでもあり、ハミルトンユーザーにとっても新鮮に映るポイントだろう。事実、ヴィヴィアン氏は「従来のカーキ フィールドコレクションを手に取ったことがある人にも知ってもらう、いい機会になればと思っています。カーキ フィールドはハミルトンならではのもので、替えの効かないコレクションです。このカーキ フィールド エクスペディションで、その世界観を知ってもらえればと思います」と語っている。

 なお、僕個人として一番感動したのはメタルブレスだった。そもそもだが、ハミルトンにおいてはメタルブレスのモデル自体が少ない(ヴィヴィアン氏いわく、全体の3割程度なのだとか)。ブランドとしてNATO、レザーブレスに注力するなか、今作のメタルブレスの出来は素晴らしく感じた。形状としては、カーキ フィールド チタニウム オートと同じものだと思う。無垢のSS素材はひとコマひとコマが肉厚で重厚感があり、ケースの存在感と重量とのバランスもいい。また、プッシュ3つ折り式のバックルは両端が斜めにカットされており、それ自体にも厚みがあって高級感が漂う。コマ間のガチャつきもない一方で、手首に沿うようなしなやかさも併せ持っている。価格はサイズを問わずブレスレットが16万5000円、レザーストラップが15万2900円(ともに税込)となっているが、差額が1万2000円程度で本当にいいのかと疑いすら持ってしまった。

 37mm径モデルの着用イメージは、写真のとおりだ。僕の手首周りは17cmと日本人男性の平均をいっているが、ラグトゥラグも手首のうえにきれいに収まっていて、サイズのうえでは申し分ない。昨今のスモールウォッチトレンドにも合致していて、すでに38mm径のカーキ フィールド メカに慣れ親しんでいる層にもしっかりマッチすると思う。

 ただ、唯一心残りだったのはレザーストラップの強靭さだ。もちろんこの時計はドレスウォッチではないし、最初から手首に馴染むようなしなやかさを求めるのは野暮だ。加えて、少しでも分厚いほうがツールウォッチとして長寿命でもあるだろう。しかしそれをおいても、このレザーストラップは頑固だった(ラグ付近が厚さ3mmでバックル部分が厚さ2mmと、着用感のための調整がされてはいるが……、手首に食い込んでいる様子がわかるだろうか)。レッド・ウィングのアイリッシュセッターのように、あるいはホワイツのスモークジャンパーのように、使い込んでいくうちに肌に馴染んでいくものだとは思う。しかし、メタルブレスのしなやかさと比較するとどうしても気になってしまった。

 以下は41mm径のモデルの着用写真だ。ラグの短さにこだわったというヴィヴィアン氏の言葉もあったが、実際に手首に巻いてみると41mmというサイズを感じさせない。メタルブレスの柔軟さもあるだろうが、40mm未満の小ぶり時計に傾倒しつつある僕も、決して大きすぎるとは思わなかった。むしろ、視認性に優れる分、メタルブレスモデルでは41mm径のほうが適正であるようにも感じられた。今回の新作を貸し出してもらうまでは自分で購入するなら37mm径モデル一択だと思っていたのだが、その考えは大きく揺らいだ。何度も言うが、それほどブレスの出来がよかったということでもある。

 余談だが、CEOのヴィヴィアン氏は41mm派だという。「私はマウンテンガイ(山男)です。週末にはハイキングに出かけますし、バイクでの遠征も楽しんでいます。また、昔ながらの感性を持つ男性なのでビッグなものがいいとも思っています。もちろん、スモールウォッチのトレンドも理解していますけどね」。僕は決してアウトドアマンでもなければマウンテンガイでもないが……、この41mm径は正直“アリ”だと思った。サイズが大きくともデザイン的に間延びした印象がなく、詰められたラグトゥラグの設計によって、収まりも良好だった。僕と同じくらいの手首サイズの人ならば、個人のテイストによってふたつのサイズ、どちらがよいか選べばよいだろう。

「カーキ フィールド エクスペディションは、今後数年のスパンで成長させていくコレクションです。素材、ダイヤル、デザインの面でリモデルを行いつつ、今後も何かしら新たな取り組みを行う予定です」。ヴィヴィアン氏はそう語るが、ミリタリーの路線に沿わないカーキ フィールドコレクションの新しい試みとして、今モデルはすでに相当な完成度を持っているように僕は感じている。素材に実用的なチタンを採用するのか、ノスタルジックなブロンズで仕立てるのか……、はたまたNATOへの換装やPVD によるオールブラック化を図るのか……、妄想は膨らむが、近いうちにハミルトンからその答えをもらえることは間違いない。聞けば、従来のカーキ フィールドコレクションもアウトドアに寄せた提案を行うつもりだという。復刻に注力するブランドも多いなか、新たな提案を続けるハミルトンは稀有な存在だが……、インタビュー中にヴィヴィアン氏は「未来に残り得るであろうインスピレーションを、今作っているのです」と言った。将来参照するべきアーカイブを今作る。未来に向けた挑戦を続けるその姿勢はとても尊く、ただでさえプロダクトとして優れるカーキ フィールド エクスペディションを所有する意味を示してくれるものだと思う。

ハミルトン カーキ フィールド エクスペディション。直径37mm×厚さ10.45mm、直径41mm×厚さ11.5mm、ラグからラグまでは44.5mm、48mm、100m防水。ステンレススティールケース、サファイアクリスタル風防。ブラック、ホワイト、ブルーダイヤル。Cal.H-10、80時間パワーリザーブ、時・分・センターセコンド、コンパス式両回転ベゼル。ラグ幅20mm、レザーストラップ、メタルブレス付き。価格はメタルブレスが16万5000円、レザーストラップが15万2900円(ともに税込)。

ブランド史上、そして世界最高峰のぜんまい駆動式の腕時計。

日本人として僕が毎年楽しみにしているのが、我らがグランドセイコーの新作です。2022年には日本ブランドとして初めてこの舞台に参加し、自社初の複雑機構を備えたKodo コンスタントフォース・トゥールビヨンを発表。2023年には自社製自動巻きハイビート機械式クロノグラフのテンタグラフ、2024年には手巻きハイビートキャリバー搭載の白樺ダイヤルモデルをリリースし、毎年国内外で大きな話題を集めてきました。

 そして迎えた2025年、常に挑戦を続けてきたグランドセイコーから、グランドセイコー エボリューション9 コレクション スプリングドライブ U.F.A.が発表されました。モデル名にあるU.F.A.は“Ultra Fine Accuracy”の略で、ぜんまい駆動式で年差±20秒という異次元の精度を誇ります。今回、僕はこの時計を2週間にわたって毎日着用し、その実力をじっくりと確かめる機会を得ました。

 ただし本作を詳しく見ていく前に、なぜこのブランドがここまで精度にこだわり続けてきたのか──まずはその“精度への追求”の歩みを振り返っておきたいと思います。

精度追求というDNA

初代グランドセイコー

 グランドセイコーが誕生したのは1960年。「世界に通用する高精度で高品質な腕時計を作り出す」という理念のもとに生まれました。初代グランドセイコーでは、スイス・クロノメーター優秀規格に準じた独自の社内検定を設け、その試験をパスした個体だけが歩度証明書とともに世に送り出されたのです。

 そして1966年。グランドセイコーは、スイス・クロノメーターの検査基準を上回る自社の精度規格を制定し、さらに高みを目指していきます。スイス天文台コンクールへの積極的な挑戦や、毎秒10振動のハイビートムーブメントの開発──そのすべては、ぜんまいを動力とする時計の精度を極限まで高めるための挑戦でした。

グランドセイコー 61GS V.F.A.

 1969年には、“Very Fine Adjusted”、通称「V.F.A.」と呼ばれる特別調整モデルが登場します。その精度は月差±1分以内。当時、世界最高レベルを誇る腕時計でした。そして今回の「U.F.A.(Ultra Fine Accuracy)」という名称は、このV.F.A. に代表される精度追求の歴史から着想を得たものです。

 しかし、グランドセイコーの探求はそこで終わりません。1970年代後半、機械式のぜんまい駆動に、クォーツ開発で培ったテクノロジーを融合させるという革新的な構想が動き出しました。それこそが「スプリングドライブ」の始まりです。

自動巻きスプリングドライブ キャリバー 9R65

 1999年に最初のスプリングドライブが発表され、2004年には自動巻きで72時間のパワーリザーブを誇るグランドセイコー専用設計のCal. 9R65が誕生しました。機械式の魅力と革新的なテクノロジーを融合させたスプリングドライブムーブメントは、それまでの機械式ムーブメントの精度を大きく超え、平均月差±15秒(日差±1秒相当)を実現。グランドセイコーは腕時計の精度を、まさに新たな次元へと引き上げていったのです。

 こうして振り返ってみると、グランドセイコーがいかに精度への挑戦を続けてきたかがわかります。そして2025年、ついにその歴史の集大成ともいえる存在が登場しました。それが、スプリングドライブ U.F.A.です。

 月差や日差といった従来の基準を超え、年差±20秒という、ぜんまいを動力とする腕時計としては世界最高精度を実現しました。この数字を初めて耳にしたとき、僕は正直「にわかには信じがたい」と思いました。実機を手に取ってみると、その背景にある技術と執念に圧倒されるばかりでした。

グランドセイコー公式サイト

 
グランドセイコー スプリングドライブ U.F.A

SLGB003(左)とSLGB005(右)。

 グランドセイコー スプリングドライブ U.F.A.は、年差±20秒という驚異的な精度を誇る新世代スプリングドライブです。ケース径は37mm、全長も44.3mmとコンパクトで、細腕の僕にとって待望のサイズ感でした。ちょうどレビューのタイミングで、バイオレットカラーのダイヤルが印象的な限定モデルSLGB005の発売が発表されましたが、僕が選んだのはSLGB003。日常生活で毎日着用しながら、その性能と存在感をじっくりと確かめました。

ムーブメント

ローターには、年差精度を実現した証として「SPRING DRIVE ULTRA FINE ACCURACY」の文字が刻まれている。

 シースルーバック越しに姿を現すのは、グランドセイコーの新世代スプリングドライブムーブメント「Cal. 9RB2」です。ムーブメント全体にはグランドセイコー独自の霧氷仕上げが施されており、北アルプスに広がる霧氷を思わせる繊細で独特な質感が印象的です。

 本ムーブメントは、冒頭でも触れたとおり、ぜんまい駆動式の腕時計としては世界最高となる年差±20秒という驚異的な精度を誇ります。これはCOSCやマスタークロノメーターの認定をはるかに超えるものです。スプリングドライブは動力にぜんまいを用いながら、クォーツ式時計で使われるICと水晶振動子の信号を組み合わせた独自の調速機構を備えていますが、Cal.9RB2ではその仕組みが大きく進化しています。

新設計のIC真空パッケージ。

 水晶振動子は温度や湿度、重力の影響を受けて周波数がわずかに変動し、さらに製造時に残った内部応力が経年で解放されることで誤差を生みます。9RB2では、こうした誤差を抑えるために3ヵ月間の入念なエージングを行い、水晶振動子の安定性を高めています。

 さらに革新的なのが、新設計ICとの真空パッケージ化です。水晶振動子とICを真空環境で封入することで湿度や静電気、光など外的要因の影響を排除し、回路も短縮化。省電力化が実現されたことで、1日あたり540回という高頻度の温度補正が可能となりました。これにより、従来はスプリングドライブでは困難とされた温度補正機能を実用レベルで搭載できたのだといいます。

緩急スイッチ

 加えて、今回初めてスプリングドライブに緩急スイッチが導入されました。これは従来、機械式のように精度調整機構を持たないクォーツ式において、例外的にグランドセイコーの9Fクォーツに採用されてきたものです。経年によってわずかに進みやすい、遅れやすいといった“癖”を補正できる仕組みで、実際に調整が必要となることは稀ですが、「いつでも補正できる」という安心感を与えてきました。Cal. 9RB2もその思想を受け継ぎ、長年の使用で生じるわずかなズレをアフターサービスで補正可能に。精度を支える新たな信頼の仕組みとして位置づけられています。

スプリングドライブ U.F.A. Cal. 9RB2

 これらの技術を詰め込んだムーブメントは、直径30mm、厚さ5.02mmという非常にコンパクトなサイズながら、72時間のパワーリザーブを確保しています。さらに耐磁性能の確保にも新たな工夫が加えられました。従来はムーブメント外に「文字板受リング(耐磁板)」を設けていましたが、それを廃止し、耐磁部品をムーブメント内部に組み込む設計を新たに確立。その結果、十分な耐磁性能を維持しつつ、ケース径37mmという小型化を実現することができたのです。

SLGB003を見る

SLGB005を見る

 
ケースとブレスレット
 本作はエボリューション9 コレクションに属し、そのデザイン哲学は1967年の44GSで確立されたグランドセイコースタイルを源流としています。2020年に現代的に再解釈され、いまや同社のモダンデザインの象徴となったこのスタイルは、ケースとブレスレットにその特徴が色濃く反映されています。

エッジの効いたシェイプに鏡面仕上げと筋目仕上げが組み合わされたデザイン。

 エボリューション9スタイルは、グランドセイコースタイルの核となる思想と鋭いエッジの効いた造形を受け継ぎつつ、薄さや装着感が徹底的に追求されたデザインです。陰影を巧みに操ることで立体的なグラデーションを描き出し、多数の平面には鏡面仕上げと筋目仕上げを組み合わせています。その境界には定評のあるザラツ研磨のシャープなエッジが走り、グランドセイコーらしさを強調しています。さらにケースの重心を下げ、ラグ幅を広げることで装着時の安定性を高め、グラつきを抑えた設計もエボリューション9スタイルならではです。

 今回のモデルでは、その哲学が直径37mm×厚さ11.4mmという小径ケースに凝縮されています。一般的にケースが小さくなると厚みが強調されがちですが、スプリングドライブ U.F.A.では側面のデザインバランスを見直し、さらにボックス型サファイアガラスを採用することで金属部分を薄く見せる工夫が施されています。僕が試したSLGB003はブライトチタン製で、通常のチタンと比べて、より明るい輝きと高い硬度を持ち、ステンレススティールよりも約30%軽量です。一方、限定モデルのSLGB005はエバーブリリアントスチール製。耐食性に優れ、美しい白い輝きを有する高性能ステンレス素材が採用されています。隣同士で並べてみると、金属素材のわずかな色味の違いが感じ取ることができます。

 本作が発表されたWatches & Wondersで大きな注目を集めたのは、精度だけではありません。もうひとつの革新は、新開発の微調整機能付きバックルです。専用工具を使わずに簡単に長さを変えられるこの仕組みは、長年グランドセイコーを追いかけてきたコレクターなら、どれほど待ち望んでいたか。海外のジャーナリストやコレクターのあいだでも大きな話題となり、なかには「年差±20秒という圧倒的な精度以上に、日常で実感できるこの機能こそが最大のニュースだ」と語る声もあったほどです。

 調整幅は2mm刻みで最大6mm。日常のわずかな手首の変化に柔軟に対応するだけでなく、コマをひとつ外すときつく、足すと大きすぎる──そんな微妙なサイズ感の調整にも応えてくれます。快適性と実用性を大きく引き上げる仕組みと言えます。

 操作方法は非常にシンプルです。12時側のブレスレットを引き起こし、そのまま少し奥に押し込みながらスライドさせるだけ。これだけでスムーズに微調整が完了します。現在、微調整機能付きバックルが採用されているのはブライトチタン製のSLGB003のみで、エバーブリリアントスチール製の限定モデルSLGB005のバックルには18Kピンクゴールド製のGSロゴワッペンがあしらわれ、特別感を演出しています。

オメガ スピードマスター ムーンウォッチはブレスレット派か、

これは誰もが直面したことがあるだろう。さて、3861 スピーディの楽しみ方について紹介しよう。

我々愛好家が時計の趣味に目覚めて以来、時計を購入する意思決定の木は無数に枝分かれしている。なかには隣人のフェンスを破って家の敷地内に侵入した者もおり、HOA(不動産管理組合)との戦いが勃発し、その年の残りの人生を台無しにしてしまうこともある。しかし今のところ、それは重要ではない。大切なのは時計を買おうとするときに何が起きるかである。店に入ったり、ECプラットフォーム(我々だ)を見たりすると、それがそう単純なことではないことに気づく。

そう、熱狂的なファンたちがストラップをだれでも簡単に手をつけることのできる仕事にしたのだ。ストラップのオプションがあれば、1本の時計が100とおりもの時計に変化する。チューダー ブラックベイ GMTを買いたい? ならテキスタイルストラップ、レザーストラップ、スティールブレスレットから選ぶことができる。簡単な選択だと言われる前に、まずはそれぞれを見てみよう。どれも見栄えがいい。ひとつはカラフルなベゼルにコントラストを加えるもの、もうひとつはヴィンテージの魅力をもたらすもの、そしてもうひとつは純粋なツールウォッチであるものだ。

オメガ スピードマスター 3861、サファイア風防。

要するに、“ストラップ vs. ブレスレット”という古くからの議論が、ますます複雑になっているということだ。何十年ものあいだ、この議論の中心に立っている時計を挙げるとすれば、それは間違いなくオメガのスピードマスター ムーンウォッチ、別名ストラップモンスターだ。

スピードマスターは、“アイコン”という称号を主張できる、数少ない腕時計のひとつだ。それは単に認知度が高いだけでなく、“アイコニック”であるという事実以上の意味を持つ。つまりスピーディは、歴史に名を刻んでいるのだ。NASAの宇宙計画全体のタイムラインや、レーシングクロノグラフから月面着陸のパートナーになるまでを、いちいち説明する必要はないほどに。先週、ワシントンD.C.にある国立航空宇宙博物館を訪れた際、そこにはジェミニ計画で使われたゴードン・クーパー(Gordon Cooper)のスピードマスターが堂々と展示されていた。その時計はエネルギーにあふれていて、適切な文脈で見ることでそれがより強くなった。

ゴードン・クーパーのオメガ スピードマスター。Image: courtesy of The Smithsonian

クーパーの時計は薄いミラネーゼ風ブレスレットにつけられていた。特に現代のシーマスターがミラネーゼの所有権を得た昨今だと、これは私があまり目にすることのないオプションだった。“すごい。スピーディが1965年に認定されたとき、この時計はジェミニ計画の一部だったんだ”という高揚感が落ち着いたあと、私はストラップのオプションについて考え始めた。

一部であるスピーディは、会社のアイデンティティの中核を担っている。というのもヴィンテージ、モダン、その中間を問わず、スピードマスターをつけている同僚を数え切れないほど見てきたからだ。私がこれまでに会った人のなかで、この時計を所有している人の共通点があるとすれば、誰もが同じつけ方をしていないということだ。確かにブレスレットよりストラップがつけられたスピードマスターを多く見てきたが、私がこの趣味に興味を持つようになったのは、モダンなスピードマスター 1861のブレスレットが、その超90年代的な美学により、必ずしも垂涎の的ではない時代だったからでもある。

ただし2021年、オメガがスピードマスター 3861(コーアクシャル脱進機を備えたマスター クロノメーター認定仕様にアップグレードされたムーブメントを内蔵していることから、この名がついた)を発表して、スピードマスターコレクションに数年ぶりの大きなアップデートを加えたことで状況が一変した。

生産終了となったスピードマスター 1861の隣(右)に置かれた、スピードマスター 3861(左)。

2021年のリリースでは貴金属のオプションもいくつか登場したが、この議論の目的のために、今回はSS製のスピードマスター 3861に限定する。それから2022年にムーンシャイン™スピーディが発表されたが…これはダメだ。

スティール・オン・スティールのスピーディ

オメガ スピードマスター 3861、ヘサライト風防。

新たなスピードマスター 3861がもたらしたのは、本質的にブレスレットやストラップを購入する際の計算をより難しくすることだった。それはなぜか? というのも新しいスピードマスターのブレスレットは、後継モデルよりもはるかに優れており、おそらくこれまでに作られたスピーディのブレスレットのなかで最高のものだからだ(フラットリンク派には悪いけど、私は自分の意見を主張する)。

では、この新しいブレスレットを調べてみよう。これはジュビリースタイルを思わせる5リンク構造で、42mmのスピードマスターなのに40mm(ファースト オメガ イン スペースを思い浮かべる)の時計に近い形で手首にフィットする。古いブレスレットはそれ自体が魅力的ではあるが、少し出っ張るきらいがあり、サイズが大きくなったように感じられる。

アップデートされた5リンクブレスにつけられた新しいクラスプ。

新しいスピードマスターのブレスレットも5リンクデザインを採用しているが、こちらは新鮮さと同時に時代を超越したものを作り出した。まず20mm幅からクラスプ側の15mm幅までテーパーがかっている(旧モデルは実質的にはテーパーがない)。クラスプは実際、デザインがより成熟していると感じる部分だ。さらに“OMEGA SPEEDMASTER PROFESSIONAL”と書かれたサテン仕上げのSSクラスプではなく、上部にオメガロゴを一体化させた、シンプルなストライプ模様が入っている。

SSブレスレットは、やり過ぎになる可能性も十分にあった。オメガが過剰な設計をしていた別世界もあったかもしれない。しかしツイントリガーのエンクロージャーから、腕毛を巻き込まないという事実まで、すべてがうまく機能している。

オメガ スピードマスター 3861、ヘサライト風防。

この記事では、時計を何につけるかという難しい決断をどう下すかについて書いているため、まるでまだ選び足りないかのようにスピードマスターのブレスレットにもふたつのバリエーションがあることを指摘しておくべきだ。ヘサライトスピードマスター、すなわちプレキシガラス風防を持つスピードマスターを選択した場合、ブレスレットはすべてのリンクにサテン仕上げが施される。一方サファイア風防のバリエーション(サファイアでできたシースルーバックもある)を選ぶと、センターとスモールリンクはポリッシュ仕上げになる。ただ全体的な感触と装着感は、どちらのモデルも同じだ。

ストラップ、ストラップを忘れないで
オメガ スピードマスター 3861 ヘサライト風防の、ブレスレットバージョンとナイロンストラップバージョン。

現在のスピードマスターのラインナップには、SSモデル用のふたつのストラップオプションも含まれている(貴金属を選ぶとラバーも争いに加わるが、ここではできるだけ複雑にならないようにしたい)。最初の選択肢は、私がかなり過小評価されていると思うもの、そうナイロンストラップだ。上の部分は布製のテキスタイルで、下の部分はレザーでできている。また別のブラックパーツをもうひとつ加えることで、時計にほどよいコントラストが生まれ、SSとの組み合わせよりも文字盤がもう少し輝くようになる。

これはすべてのオプションのなかで最もステルス感があると思う。レザーとDバックルによりラグジュアリーな雰囲気をもたせながら、かつてのベルクロストラップ(詳しくは後述)をほうふつとさせる、ツール的な要素も備えている。私はこれをリュクスなNATOと考えている。

オメガ スピードマスター 3861、ヘサライト風防。

しかしここからがおもしろく、また混乱もするのが、このテキスタイルオプションは現行のヘサライトスピードマスターにのみ提供され、102万3000円と(税込)いうエントリーレベルの価格が設定されているのだ。SS製ブレスレットのヘサライトはもう5万5000円かかる。

また、サファイア風防付きのスピードマスターでのみ販売されているレザーという選択もある。これは最もクラシカルな感じがする。クロコダイルレザーストラップがブレスレットと同様に時代を感じさせる1861 スピーディとは異なり、この滑らかなステッチ入りストラップはモダンな要素をもたらしている。ブラックレザーストラップは、SSブレスレットに取って代わるストラップとして最適だ。オメガはこれをより高価なバージョンのムーンウォッチに限定している。間違いなく、このオプションのスピードマスターを誰よりも多く見てきた。

オメガ スピードマスター 3861、サファイア風防。

ブラックストラップのオプションは、税込で117万7000円だ(SSブレスのサファイアスピーディは税込で123万2000円) 。たとえ限定モデルでないとしても、この価格は理にかなっている。これがドレス用スピーディ、つまりブラックタイのムーンウォッチなのだ。正しいブラックタイウォッチは何かを語る前に、タキシード姿のバズ・オルドリン(Buzz Aldrin)がスピードマスターを着用している写真を探してみて欲しい。

伝統的な高級時計製造は、なぜヴィンテージ市場でそれほど評価されないのだろうか?

ィンテージウォッチの収集を取り巻く環境はこの15年のあいだにあらゆる面でさま変わりしてしまい、とりわけロレックスのデイトナには信じられないほどの高値がつくようになった。かつてはヴィンテージウォッチ収集の世界に足を踏み入れさえすれば、1000ドル以下で本当におもしろいものを見つけることが可能だった。しかし今ではそれが現実的に不可能になっただけでなく、あまりに巨額の金銭が介在しているため、ハイエンドクラスでは時計を見ているというよりマネーゲームを見ているような感覚に陥る。

ヴィンテージウォッチ収集を牽引している奇妙な事柄のひとつとして、対象となる時計の本質的な価値よりも、力のある特定のブランドネームや外見にばかり焦点が当てられているように見えることが挙げられる。現在ロレックス デイトナに付けられている価格について、絶対的な意味で特に正しいとか間違っているとかいうことはないし、とりたててPND(パンダ)を非難したいわけでもない。“古きよき時代”が過ぎ去ったことを嘆くのならば、それは簡単なことだ。しかし歴史的に見れば、時計製造のよし悪しはブランドの名前自体ではなく時計のムーブメントに込められた職人技術の質、そして素材のクオリティによって決まると考えられてきたのである。

1923年製パテック フィリップ ラトラパンテ クロノグラフのムーブメント(ヴィクトリアン ピゲ社によるエボーシュ)。
ThePuristS.com(現在はPuristsPro)で何年も前に行われたディスカッションを覚えている。そこでは時計にかなり造詣の深い新参の男性が、「高級時計と大量生産される一般消費者向け製品との違いが、精度の高さではないとしたら何なのでしょうか」という、至極もっともな質問をしていた。時計職人として常勤しているという司会者からのそれに対する答えは、「お答えしましょう。納得できないかも知れませんが、仕上げです」というものだった。

ムーブメントの仕上げについて評価するのは、いくつかの理由からとても複雑だ。まず第1に、何世紀ものあいだに、ムーブメントの仕上げとは何であり、それがどのように施されるかは劇的に変化してきた。現在、我々が上質な仕上げと考えるもの、そしてそれに関連するムーブメントデザインのスタイルは、19世紀後半の スイス・フランス学派の産物である(例えば、19世紀末から20世紀初頭に見られる高級イギリス製懐中時計は、一般的にジュネーブやジュラ地方のものとは明らかに異なる外観を呈している)。第2に、我々がムーブメントの仕上げに何を求めるかは、シースルーバックから見えるものによって判断されてきた。シースルーバックはごく一般的な仕様(特にロレックスの時計など、いくつかの特別な例外もある)であるため、そこでは実に多種多様なレベルの仕上げを目にすることができる。そこでは、“シースルーバック仕上げ”とでも呼ぶべき、消費者が目にする部分だけに表面的に魅力的な仕上げを施すという方法の台頭という問題も生じる。そして第3に、時計のムーブメントの仕上げに関する教材はとりわけ英語ではほとんど存在しない。ムーブメントにおける優れた仕上げを示す基本的な視覚言語や、どこを見るべきかについて書かれた資料は驚くほど少ないのだ。

パテック フィリップ Cal.CH27-70Q(レマニア2310ベース)。

しかし、歴史的な観点から見ると、高級時計製造(オートオルロジュリー)の基本的な特徴のひとつであったムーブメント仕上げの技術が重要であったことに変わりはない。さまざまな装飾や準機能的な仕上げの技術は、優れた時計に常に期待される基本的な要素であり、時計製造における偉大な皮肉のひとつであった。ムーブメントの仕上げがクオリティ的にピークに達していたころ、最高の仕上げの大部分は堅固なケースバックの後ろに隠されていた。

オメガ スピードマスターに搭載されたオメガのキャリバー321/レマニア2310。

最近のヴィンテージウォッチ収集の現場で本当に不思議なのは、このテーマがほとんど議論されず、オートオルロジュリーのこうした側面への関心がコレクターの興味を引きつけたり、オークションでの売上を促進したりすることがほとんどないことだ。時計の価値との相関関係は、残念ながらゼロに等しい。これはある意味ハイエンドのコレクターに多く見られる現象だ。美的感覚で収集される資産としてアートが数えられるようになって久しく、同様にワインも日常的に莫大な金額が動くにも関わらずそれによって酔うことは決してないし(悲しいことに誰かを酔わせることもない。ディオニュソスの子よ、ガラスの牢獄のなかで静かに泣け)、たいていの場合もう飲めなくなってしまっている。

つまり、ヴィンテージウォッチ市場に今起こっていることは、単純に時計収集が成熟し、これまでファインアートにしか向けられてこなかった資金と関心を集め始めたことの表れだと考えることもできる(ニューヨーク・タイムズ紙が2013年に“Art Is Hard To See Through The Clutter Of Dollar Signs”で指摘したように、アートは今や、かつて第一世界の国家が大規模な兵器体系を取得するために留保されていたような資金を引きつけている)。このことと世界中で相互に結びついたコレクター層による富の創造と集中が相まって、ヴィンテージウォッチ収集をいわゆる高級時計収集と同じ方向へと向かわせたのだ。

また、昨今では高級品の購買は品質よりもブランド力によって左右されることが多くなっており、その風潮はますます強くなっている。結果としてその品質は、ブランドアイデンティティを維持するために必要とされる最低限にまで落とされる傾向にある。これは言うまでもなく、製品の質の高さによってブランドが評価されるのとは対照的な現象である。

ヴァシュロン・コンスタンタン 天文台トゥールビヨン、1931年製。

それにしても、この種のコレクターズアイテムにおいて品質において最も基本的な指標のひとつであるムーブメント画像がほとんど話題にもならず、販売促進にもそれほど貢献しない(オークションハウスはムーブメント画像をまったく見せないことが多いが、これは単にコレクターが一般的に何に興味を持つか、あるいは興味を持たないかを反映しているに過ぎない)のは、実に不思議なことだ。

もちろんそれには理由があるのだが、奇妙なことに変わりはない。しかし結局のところ、それは驚くべきことではないのだろう。ここ数年、世界の時計コレクターのコミュニティが、市場に出回るあらゆるものの真贋を無批判に受け入れることに意外にも抵抗感がないことを、我々は目の当たりにしてきたのだ(ファインアート市場において、少なくとも合理的な科学的検証や、もっともらしい管理体制が試みられているように見えるのとは対照的である)。もちろん、人々が収集しようとする理由はさまざまだ。もしあなたが時計製造における伝統的な職人技の表現を好むひとりであるならば、その好みを満足させるだけの多くの時計を見つけることができるだろう。